姉が財布を落としたと連絡が入って始めて

これは私がまだ入社してまだ間もない頃の話です。

当時まだ携帯電話も普及していなくてポケベルを持っている時代でしたね。

仕事上携帯電話が必要だったので、ちょっと無理をして携帯電話を契約していたのですが、その電話に姉から電話がかかってきました。それも何度も。

とにかく女は金がかかってしょうがない。

いろいろあって飲みに行くこともあるし、女を誘うことも有るが、何だかんだと言っても飲み代はしれている。

どこに行っても、たかがサラリーマンの行く飲み屋の勘定は、それなりでこれは何とか、自分の小遣いの範囲ですむ。

が、女となるとそうは行かないから正直、やすサラリーマンの私も参っています。

無駄遣いは罪悪感を生むためなるべく控えよう!

私は欲しいものがあるとすぐ買い、お酒もかなり飲む性格です。

こういう性格のため貯金は全くできず、給料が入っても給料日前にはほとんど使いきり残高がほとんどない状態が常です。

ある時ブランド物に興味を持ち始めました。そのブランド品はとても高価で私の給料では不相応の物でした。

ギャンブルのための借金で人生が変わった

私は数年前にパチスロにかなりのめり込んでいて毎日のようにパチスロをする生活を送っていました。

その当時はフリーターでアルバイトをしながらの生活だったんですがやはり毎月のバイトの給料だけでは全く足りずとうとう消費者金融に手を出してしまいました。

自分なんかだと審査は絶対に通らないだろうなと諦め半分で無人契約機で申し込んだところなんと審査が通りその時は20万円借りる事が出来ました。

終わりの始まり

かつての大学生だった自分に一言だけ伝えられるとしたら、こうだ。「お金は借りるもんじゃない!」――と。

平日の授業に顔を出さず、朝からパチンコ屋の行列に苦虫を噛み潰したような顔で並びながら、放蕩生活を送っていた。

また、週末は意気揚々と場外馬券場へ足を運び、その足取りが軽くなって帰って来たことは殆ど無い負けっぷりを披露していた。

きれいになれて、お金もたまるお仕事

友人に、きれいになれて、お金もたまる仕事があるよ。と言われたけど信じてなかった。何度も何度も説明会に来いと言われても断り続けたけど、根負けして行くことになった。

異様な世界だった。いろんな人を紹介されて、握手して。ねずみ講的なものだとわかっていたけど、友人だから断り辛くて帰れず、押しに負けて契約した。

50万の美顔器、、、、、、購入が仕事の条件。

親が私名義(子供)の家族カードを勝手に作っていた。

中学生の頃、学校から帰る際に自分の家のポストをあけたら、自分名義の全く身に覚えの無い、見慣れないクレジット会社からの郵送物が届いていた。

内容は「カード更新のお知らせ・家族カード●●●●様」のような内容だった。

まだ中学生という事もあり、クレジットカードというものが何なのかも分から無かったため、母にこれは何の郵便物か聞いたところ母はちょっとあわてた様子で「保険のカードよ!あなたには必要ないから、お母さんに渡しなさい」と言われ、なんのためらいも無くその郵便物を渡した。

生活を安定させるためにお金を借りました

私は都内に住む建築作業員です。長引く不況の影響で、昇給しないしボーナスも少ないです。

また外で作業する機会が多いので、大雨だと休みになってしまいます。そんな日にはパチンコに行って時間を潰すことが多いです。

大儲けできた時にはキャバクラ遊びを楽しんだりします。女の子に甘えられるとついついお店に行ってしまいます。

家のローンが払えず。

私が、初めて金融会社からお金を借りたのは、39歳の時。

主人の会社が傾き始め、毎月23日に家のローンの引き落としがあるため色々お金をかき集めて何とか支払っていたのですがそれもできなくなりとうとう、金融会社からお金を借りる決断をし、主人と一緒に無人のレイクさんに足を運びました。

入ってみるとそこは3部屋位個室があって音声にしたがって審査してもらうというもの。

引っ越し費用を借入たはずが気づけば交際費に

私は田舎から大学入学を機会に東京へ出てきて一人暮らしをしていたのですが、3年生になる年から2つ下の妹も大学進学で東京に出てきた為、一緒に賃貸アパートでくらし始めました。

親が離婚して母親だけでしたので、生活費はアルバイト代と今まで貯めてきたお年玉、住宅費は奨学金を借りて支払っていました。

4年間同じアパートに住んだあと、家が駅から遠かったこともあり、妹が社会人になったのをきっかけに引っ越しをすることになりました。

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