終わりの始まり

かつての大学生だった自分に一言だけ伝えられるとしたら、こうだ。「お金は借りるもんじゃない!」――と。

平日の授業に顔を出さず、朝からパチンコ屋の行列に苦虫を噛み潰したような顔で並びながら、放蕩生活を送っていた。

また、週末は意気揚々と場外馬券場へ足を運び、その足取りが軽くなって帰って来たことは殆ど無い負けっぷりを披露していた。

度重なるギャンブルでの失敗で、アルバイトと親の仕送りだけでは生活費を賄いきれぬ日々。

厳格であった親に事情を話せる訳もなく、どうしようもなく天を仰ぐ......と、ひとつのフレーズが目に止まった。「はじめてのアコム」温和な女性イメージガールが微笑んでいた。

空の財布を確認、さらに周囲に人目がないかを確認し、俺は消費者金融が立ち並ぶテナントビルに駆け込んだ。

結論から言うと、これが "終わりの始まり" であった。

しがないバイト苦学生でしかない俺に、アコムは10万円もの大金を貸してくれた。当時は厳格な総量規制制度が始まる前ということもあり、各金融会社もイケイケで融資してくれたものである。

収入確認の書類を提出せずとも、結果的に学生の時点で40万以上の借り入れが可能であったのである。なまじこの時点で破滅を迎えていれば傷が浅かっただろう。

幸か不幸か、それなりにアテのある企業に就職してしまった。これを報告すると、各金融会社はこれまたイケイケとなり、結果的に総量規制の限界まで借り入れてしまうことに。

そして今に至る――という訳だ。現在は、とある銀行が若気の至りで借りてしまった数々のローンをまとめてくれたため、粛々と返済を続けている。

終わりが見えている分、私はまだマシなのかもしれない。お金を借りる場面においては、それぞれの場面で冷静に状況を分析することが必要だと思う。

立ち止まれるなら、まだ救いはあるかもしれない。

立ち止まれなくなった時、それは真の意味で「終わり」である。ご利用は計画的に。

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